もしも私が富豪なら

この世に一億は存在する推し全員に貢ぎたい

別に布教したいわけじゃない

昔から、具体的に言えばもう小学生くらいの頃から、私は何故か絶大な影響力を誇っていた。それは例えばクラスのリーダーで意見を言えばみんなが従うとか先生にも一目置かれてるとかそんな話ではない。

 

私が好きなものを少しプレゼンするだけでみんなそれを好きになる、そういった類の影響力がやばい。

 

オタクで言うところの布教って、「これ私の推しジャンル。とにかくやべぇから見て、そしてハマって」というような行動のことを指していると思う。私が今までやってきたことはそれに当てはまるのだという。オタクの友達は口を揃えて「お前のせいで沼に落ちた」などと言う。つまり私はこの布教において影響力がすごいということだ。

 

確かに、意図的にすることはある。この子、このアニメ絶対好きだろうなと思ったらちょっと見てみてよって言いたくなる。友達好みの俳優を見つけたら絶対に好きになるから見てって言いたくなる。だって語り合える仲間が増えるならそれが良いじゃん。

 

だけど決して、ずっとそうやっているわけでないことはわかってほしい。布教したくてしてるわけじゃないときもあるってこと。私はただ、私の推しに対する思いを聞いてほしいだけのときもあるのだ。

 

「私は今これにハマってるんだけど」

と、以前久しぶりに会う友達に言えば「私それは興味ないから」といきなり拒絶されたことがある。言われた瞬間の悲しみったらなかった。友達は私がそういう布教体質なのを知っていたし、されてハマったこともあるからそう言ったのだと思う。

でも違うんだよ、そうじゃない、違うんだよな......。何も私が好きだからお前もハマれとかそういうことを言いたかったわけじゃない。ただ、今私はこれが好きなんだよという紹介をしたかった。

もちろん私のそういう影響力のある部分を良いところだって周りは思ってくれてるし、私だってマイナスの要素ではないと思ってる。だってそれって私の話術だったりプレゼン力がまじやべぇってことでしょ???

 

思えば、布教してるという意識がないときはきっと全てこの「私の話を聞いてほしい」という思いだけだった気がする。私の推しについて話すときに予備知識がないと理解してもらえないと思ってそれも添えて話す、ってのが結局相手がそれにハマるきっかけになっていただんだろう。え、じゃあ相手の落ち度じゃね????????(最低)

 

私は自分のことはどうでもよくて、周りのこともどうでもよくて、本当に自分の中にある興味に繋がるすべての感情を趣味と推しに持っていかれた人間だ。誰かと何かを話すにも日常の大半趣味に一喜一憂することにしか感情使ってないからその話しかないし、自己表現をするにも自分の好きなものを話す以外何もない。

こういう人結構いると思う。日々のどこ行っただの何食べただのそんなの本当にどうでもよくて、そんなことよりこの前買ったDVDがね??って言いたくなる人。

 

だからね、そういう人が「私は今これにハマってるんだけど」って話し始めたら「私はそれ好きじゃないから」って言わないで聞いてあげてほしいんです。だってそこでその話題拒絶されちゃうと、もう話すことないし。相手と話したいのに話すことないってめちゃくちゃしんどいんだよ。

 

まぁ要は結構その拒絶されたの根に持ってるって話でした。解散!!!!!